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「野球待夢」

〜 スワベの考え 〜  浅見光彦(ルポライター)

 草野球というスポーツは、なかなか複雑な世界らしく、諏訪部も今までに何度かチームの移籍を強いられている。
チームメイトとの野球に対する温度差に悩んだり、勝利主義の運営に不信感を持ったりと、何度か愚痴を聞かされたことがある。
野球への想いに個人差があるのは当然ともいえるわけで、草野球選手なら誰もが一度や二度は悩むものなのだろう。

 とにかく諏訪部は野球が好きで、会うたびに野球の話を聞かされるのに加え、どこか遊びに行くのにもグラブ持参で現れて「キャッチボールしよう」と私を困らせる。
私は慣れているからいいが、周りの人たちはずいぶん迷惑を被っているはずだ。

 女性とのデートで行ったよみうりランドで、アトラクションにわき目もふらずにジャイアンツ球場へ直行し、選手の自主トレを何時間も観ていたことがあったという。
この女性との関係がその後どうなったのか…?(ご推察の通り)
そしてあるときは、特急列車の車内で周りの座席が空いているのをいいことに、延々とグラブの手入れをしていたとか。
この話を聞いたとき、私は映画『釣りバカ日誌』のハマちゃん(西田敏行氏)が、職場のオフィス内で仕事中に釣り具のメンテナンスをするシーンを思い出したが、通りがかったワゴン販売のお姉さんも“お前は浜チャンか?!”と呆れたことであろう。
さらにある女性タレント(女優)から、「野球がんばって!」と応援されたなんて話もある。
いったいなぜこのタレントが、いちファンである諏訪部の趣味を知り、さらに応援しようと思ったのか? どれも真偽のほどは怪しいが、諏訪部なら納得できてしまうエピソードばかりである。

 そんな諏訪部は当然子供の頃からプロ野球ファンだが、最初は高田繁氏のファンになり、その影響で野球ファンになったという、つまり組織(チーム)より人間(選手個人)を好きになるタイプである。
その後、水道橋駅で偶然出会いサインをもらった西本聖氏のファンになるが、ドラフト外で入団して定岡氏や江川氏をライバル視し、中日移籍後は巨人相手に猛烈な闘志を燃やした西本氏の影響もあってか、いわゆるエリートやスターといった選手のファンになったという話は聞いたことがない。
ほとんどのプロ野球選手が自分より年下となった現在は、【野球人】から【野球】を差し引いて、人間的に尊敬できる選手に魅力を感じるというが、このあたりは野村克也氏とまったく同じ考えのようだ。

 2002年に公開された映画『ミスター・ルーキー』は、30代半ばでプロ野球選手になるという夢がかなった男の挑戦と、それを支える家族の愛を描いた作品である。
劇中、挫折しかかった主人公(長嶋一茂)に、プロ野球への挑戦を反対したはずの妻(鶴田真由)が、ビンタとともにキツくも愛情ある檄を飛ばすシーンがある。
「プロ野球選手になるのが夢だったんでしょ?他の何もかも犠牲にしても手に入れたい夢なんてねぇ、誰でも持てるもんじゃないのよ!息子に夢はポイッって捨ててもいいっていう見本を見せるの?!」
映画を観た星野仙一氏が、「あの奥さんが良かった」と感想を述べたシーンだ。

 2002年に製作されたハリウッド映画『オールド・ルーキー』(原題『THE ROOKIE』)も35歳でメジャーリーグに挑戦した男の物語だが、こちらは1999年にデビルレイズに入団したジム・モリスの実話である。
主人公(デニス・クエイド)にメジャー挑戦を決意させたのは、妻のひとことだった。
「あなたの息子は、自分の父親が夢をかなえる日をずっと待ちわびている…」
2本とも諏訪部が大好きな作品だ。

  “人間的に尊敬できること”に加えて、最近の諏訪部は、こういった裏ストーリーを持った“ルーキー”選手に惚れてしまうようだ。
 現在のプロ野球選手で諏訪部が好きなのは、社会人チームで技術を磨き、同時にいち社会人としての常識も兼ね添えた、沖原佳典(阪神→東北楽天)と草野大輔(東北楽天)。

 28歳でドラフト指名(2000年)された沖原は、安定した生活を望みプロ入りに反対する夫人を、「今よりももっと大きな夢を見せてやる。サラリーマン一生分の収入を一年で稼ぐ選手になってみせる!」と説得してプロに飛び込んだという。


 29歳を目前にしてドラフト指名(2005年)された草野は、父から「バカかお前。家族を食わせていけるのか」と言われ迷ったが、相談した(高校の先輩)ロッテ・黒木の「自信があれば、飛び込め」という言葉でプロへの挑戦を決意したそうだ。


 二人とも、夢が消えつつあるタイミングでのドラフト指名に心が揺れ動いた末、夢に挑戦することを選んだわけである。


“プロ野球選手になりたい!”


 野球少年なら誰もが持つ夢。 そして誰もが諦め、忘れてしまう夢。  その夢を大切に抱き続け、長い月日をかけて実現し挑戦する男たちに、諏訪部は自分がいつしか忘れ去った夢を託しているのかもしれない。

★浅見光彦★
作家・内田康夫氏のミステリー小説に登場するルポライター。
内田氏の代表作でもある【浅見光彦シリーズ】は通算100を数え、『崇徳伝説殺人事件』(角川文庫)には、年齢や設定こそ本人と違うものの、諏訪部恭一が登場する。
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